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東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)222号 判決 1973年11月06日

原告 緑川瑞樹 外九名

被告 東京都建築主事

参加人 株式会社サカイボーリングセンター

主文

原告若林弘、同光和会、同武蔵境郵政宿舎自治会、同桜堤公団住宅自治会、同ボーリング場建設反対・文教地区指定促進武蔵境協議会、同ボーリング場建設反対都民協議会の訴えをいずれも却下する。

原告緑川瑞樹、同誉田義道、同篠原道喜、同近藤宏の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(原告ら)

「訴外高橋恒雄が別紙物件目録記載の土地を建築予定地とする建物についてした確認申請に対し、被告が昭和四四年八月一五日付でした確認を取り消す。」との判決

(被告)

「本件訴えをいずれも却下する。」との判決

本案につき「原告らの請求を棄却する。」との判決

第二原告らの主張

一  請求の原因

1  原告らの地位

(一) 原告緑川、同誉田、同篠原、同近藤、同若林は、それぞれ別紙図面に表示の場所に住居を有する住民である。

(二) 原告光和会は、武蔵野市境二丁目二一、二三、二四、二五、二六、二七番に住居を有する住民によつて組織された町内会である。

(三) 原告武蔵境郵政宿舎自治会(以下「原告郵政宿舎自治会」という。)は、同市境二丁目二四番二〇号に所在する武蔵境郵政宿舎に居住する五六世帯で組織された自治会である。

(四) 原告桜堤公団住宅自治会(以下「原告桜堤自治会」という。)は、同市桜堤一丁目一、二、三番、同二丁目一、五、八、一三番に所在する日本住宅公団桜堤住宅の居住者で組織された自治会である。

(五) 原告ボーリング場建設反対・文教地区指定促進武蔵境協議会(以下「原告武蔵境協議会」という。)は、本件ボーリング場(2項参照)の建設を阻止することを目的として、本件ボーリング場付近に住居を有する住民および団体によつて組織された団体である。

(六) 原告ボーリング場建設反対都民協議会(以下「原告都民協議会」という。)は、住宅地域にボーリング場が建設されることを阻止することを目的として結成された団体で、原告武蔵境協議会、世田谷区大蔵町一一九番地大蔵住宅自治会(会長柏木暁)、足立区竹の塚三丁目一一番地竹の塚第一団地自治会(会長河野広明)の連合体である。

2  本件処分の経緯

訴外高橋恒雄は、住居地域内に所在する別紙物件目録記載の土地上に鉄骨造り二階建てのボーリング場を建築するため、建築基準法(昭和四五年法律第一〇九号による改正前のもの。以下単に「法」ともいう。)六条一項に基づき、被告に確認の申請をし、被告は、昭和四四年八月一五日付で右申請にかかる建築物(以下「本件ボーリング場」という。)の計画が法令の規定に適合する旨の確認(以下「本件処分」という。)をした。

本件ボーリング場の建築は、昭和四五年四月ころ完了し爾来参加人がそこでボーリング場営業を行なつている。

3  本件処分の違法性

ボーリング場は、法四九条一項本文により住居地域内においては建築してはならないものとされている法別表第二(い)項六号の「待合、キヤバレー、舞踏場その他これらに類するもの」に含まれると解すべきであるから、本件のように、ボーリング場を住居地域内に建築する場合には、あらかじめ法四九条一項但書に基づき特定行政庁の許可を得ることが必要であるのに、被告は、この点を看過し、本件ボーリング場の建築について右の許可がないのにこれが法令の規定に適合するとしたものであつて、本件処分は、違法であるから取り消されるべきである。

ボーリング場が右六号に含まれると解すべき理由は、以下のとおりである。

4  法別表二(い)項六号の解釈について

(一) 建築基準法の用途地域内の建築物の制限に関する規定の趣旨は、都市計画の方針に基づいて建築物の集合体としてのあり方を規制し、各地域別にその目的にそつた純化を行なうため、建築物の建築を制限しようというものであり、法四九条、五〇条、別表第二、第三はこの制限を具体化した規定である。

そして、都市計画法は、九条一項(昭和四五年法律第一〇九号附則による改正前のもの。現行は同条三項)において、「住居地域は、主として住居の環境を保護するため定める地域」であることを明定し、さらに一三条一項二号において「地域地区は、………住居の環境を保護し、………公害を防止する等適正な都市環境を保持するように定める」べきこと、同条二項において「都市計画は、当該都市の住民が健康で文化的な都市生活を享受することができるように、住宅の建設及び居住環境の整備に関する計画を定めなければならない」ことを規定している。これによれば、健康で文化的な居住環境を確保することが、住居地域指定の目的である。

(二) 右の見地のもとに法別表第二(い)項を通覧すると、(ア)一号ないし三号は、主として住民の生命・健康の維持にとつて有害なものの観点から、(イ)五号、六号は、主として文化的・社会的環境維持の観点から、(ウ)四号、七号は、右(ア)および(イ)の観点から、(エ)八号は、右(ア)および住民の生活用財産の保護の観点からそれぞれ規定されたものとみられ、同項は、原理的には屋住環境確保のための目的に従つて規定されている。

しかし、わが国の都市計画法制の遅れに加えて、建築基準法施行後の昭和三〇年頃からわが国経済がいわゆる高度成長期に入り、都市社会が急速に変質し、公害が激化したことにより、同項を厳格解釈または文理解釈していたのでは、健康で文化的な居住環境を維持することはとうてい不可能である。

(三) ところで、同項五号および六号に掲げられた建築物は、ともに娯楽施設であるが、五号はそのうちの興行施設につき定め、六号は風俗営業施設につき定めている。この趣旨は、五号掲記の建築物は、いずれも多数の観覧者の来集といういわば物理的な影響力によつて静穏であるべき居住環境を破壊するものであるのに対し、六号掲記のの建築物は、そこに来集する者がその施設内および周辺において行なう反良俗的、反教育的行為ならびに近隣に及ぼす騒音、喧噪等の悪影響によつて居住環境を破壊するものである点において、両者異なるためであるとみられる。

しかし、六号が風俗営業施設につき定めているとしても、その風俗性は、被告主張のように狭く解すべきではない。従来、建築行政の実例では、ダンス教習所も一律に六号に含まれるものとされ、また喫茶店、料理店の一部も同号に含まれるものとされてきた。このことからも明らかなように、風俗営業等取締法(以下「風俗営業法」という。)一条に列挙された営業でなくても、建築基準法独自の観点から、住居地域には不必要であり、その環境維持にとつて有害な反良俗的性格を備えた営業に用いられる建築物は、住居地域における建築を制限されるのである。すなわち、風俗営業法の規制対象となつていない場合であつても、他の法目的による風俗面からの規制を受けなくてよいということにはならないのであつて、同法一条に列挙されているか否かをもつて、法別表第二(い)項六号に該当するか否かを決定するのは誤りである。

(四) 要するに、法別表第二(い)項五号および六号は、同法制定当時の娯楽遊興施設の実情に鑑みて、当時として考えうる限り列挙してこれを規制することとし、六号においては、さらに将来の遊興文化の発展を慮つて、同表中他に類をみない「その他これらに類するもの」との規定をしたのである。

したがつて、その後新たに出現した遊興施設のうち、何を右六号に含まれるものと考えるべきかは、当該営業の実態を検討したうえで、前述の法の趣旨に照らして決定しなければならない。

そして、ボーリング場営業の実態およびそれが住宅地域に建設された場合、周辺住宅地の住民の受ける被害は、後述のとおりであり、ボーリング場は、住居地域の環境維持にとつて有害であつて、前記(三)の意味における風俗性を備えた娯楽施設であるというべきであるから、右六号に含まれるものと解するのが当然である。

(五) なお、前記昭和四五年の法改正の結果、住居地域は三つに分けられ、そのうち、第一種、第二種住居専用地域についてはボーリング場は建築してはならないものとされている。これにひきかえ、本件処分当時の住居地域は大まかに区分されたものであつたのであるから、その実態に応じた解釈・運用が行なわれるべきで、住居地域におけるボーリング場の建築は、法別表第二(い)項六号によつて概括的に禁止されるものとしたうえで、法四九条一項但書により特定行政庁がその建築予定地の実態をみて、改正後の住居地域、近隣商業地域に相当するような場所についてはその建築を許すものとするのが、法の正しい解釈・運用というべきである。

5  わが国におけるボーリング場営業の実態

(一) ボーリング場は、建築基準法制定の昭和二五年には、まだわが国に一軒もなく、昭和二七年に東京の青山に建築されたのがはじめである。昭和三六年に自動ピンセツターが開発され機械化されてのち、ボーリングは、スピードとスリルを求める遊興文化の時流にのつてしだいに流行するようになり、昭和四一年ごろから爆発的な流行をみるにいたり、営業場数が激増した。すなわち、昭和二七年から三四年までは一場、三五年三場、三六年で七場にすぎなかつたボーリング場は、三七年で二〇場となり、その後うなぎのぼりに急増して四六年二月末日現在では九八四場に増加している。

ところで、ボーリング場の開設には、重大な資本を必要とし、これを賭して開場した各ボーリング場は、さらに次々と出現する他のボーリング場との過当競争に勝つて生き残るために激しい企業競争を演じなければならない。このため、場主らは、なりふりかまわぬもうけ主義に徹し、その営業の実態は、つぎのとおりとなつている。

(二)(1) 高料金 そのゲーム代は世界一高いといわれている。

(2) 長時間営業 早期から深夜まで、ひどいものは午前四~五時から翌朝午前二~三時まで営業をするものもある。

(3) 遊興的施設の併設 ほとんどすべてのボーリング場がコインマシーンコーナー、ビリヤード、スナツクなどの附帯施設をもつている。サウナぶろを併設しているものさえある。

(4) 不動産設備の貧困 ボーリング場は、機械設備と床材に高額の設備投費を必要とし、そのうえに豪華な雰囲気をつくるための内装等に資金をかけなければならないため、その他の部分にかける資金を節約する。すなわち、敷地を広く確保しないため、隣家との間隔が狭く、加えて、建築費のうち基礎的な構造部分を低廉にあげようとするため、騒音防止設備等は貧困である。このことは、後述のような騒音防止上致命的である。また十分な広さの駐車場を持たないため、来場者による路上駐車、近接団地内への乗入駐車を招いている。

(5) 風俗的な歪み

わが国最初のボーリング場は、駐留軍の慰安施設として作られたもので、米軍人とその周囲の芸能人などを核として利用者層が形成された。そして、現在わが国のボーリング場は、前述のとおり、遊興的、享楽的な附帯施設を含む一体として営業されている。すなわち、スナツクはもとより食堂においても必らずアルコール類をおき、競技者もビールを飲みながらゲームを楽しんでいる。ビリヤードにおいてはほとんど公然と賭けが行なわれており、昭和四五年二月の警視庁の調査によれば、都内の賭博性のあるコインマシーン一五〇〇台中四九九台はボーリング場に附設されたものであつた。ジユークボツクスは、耳を圧する音量で退廃的な音楽を流している。右のような雰囲気のボーリング場は、自然に怠学生、不良、非行少年等のたまり場となる。

そのうえ、各ボーリング場は、客をひきつけるため、ゲームに対し争つて賞品を提供し、本来スポーツであるべきボーリング競技の点数を物質的賞品と結びつけ、射幸心をあおり、賭博を助長している。

また、ボーリング資金に窮した者による窃盗、恐喝等の犯罪も生まれ、来場者の多くは車を使つてくるが、ボーリング場附近の路上、団地内での反良俗的、無軌道な振舞も多い。

ボーリング場は、右のような客層をもち、歓楽的な雰囲気で営業されるため、このような客層を目当てとする風俗営業店舗が附近に続々と現われ、地域全体が歓楽街化する場合も多い。

以上のように、ボーリング競技そのものは、たとえ本来風俗性と無関係であつても、現在わが国で営業用として経営されているボーリング場が健全であるとはいえない。

(三) 昭和四〇年日本ボーリング場協会は、風俗営業法その他の法規制を受けないかわりに自主規制を行なうことを申し合わせた。(ア)午前零時以降の営業はしない。(イ)未成年者の午後一一時以後の入場を禁止する。(ウ)賞品類を提供しない。以上の三項である。しかし、前述のような過当競争の前にこの自主規制は空文となつている。

また、近年各ボーリング場は、その建築にさいして住民の反対運動にあうことが多くなり、その中で建設されたものの多くは、周辺住民または自治体当局との間に、深夜の操業をしないこと等の自粛を約束し、これを条件として開設されたものである。しかし、これらの約束はほとんど破られているのが実情である。

したがつて、わが国のボーリング場は、その開設にともなう後述のような害悪を右のような自主規制等によつては減ずることのできない必然性をその営業自体に内包させているのである。そうであるとすれば、その規制は法解釈の場面で行ない、法律による行政によつて住民の生活と都市の円満な発展を守らなければならない。

6  ボーリング場が住宅地域に建設された場合の周辺住宅地に及ぼす害悪

前述のような理由から、ボーリング場は、その存在自体につぎに述べるような害悪を不可避的にともなつている。なお、以下に掲げる実例は、都内のボーリング場について実地調査した結果にもとづくものである。

(一) 騒音

(1) ボーリング場そのものから発生する騒音

これには、(ア)ボーリング競技にともない発生する騒音、すなわち、ボールがレーン上を転がる音、ピンがはじけ倒れる音、ピンスポツターの機械音等によるものと、(イ)ボーリング場内の他の騒音、すなわち、場内放送の音、ジユークボツクス、コインマシーン等の利用にともない発生する騒音等があるが、これらの音が響き合い、一大騒音となつてボーリング場の周辺一帯に伝播されるのである。

その音量は、例えば、渋谷区代々木二丁目の東京フヱアレーンズの場合、ボーリング場の開口部のない外壁から約一五メートル離れた隣接アパートの室内で、窓を開いて最高六九、最低六六ホーン(騒音補正回路C特性、以下同じ)、同じく開口部のない外壁から隣接の民家一軒を間において約三〇メートル離れた地点で最高五〇、最低四五ホーンもあつた。世田谷区太子堂一丁目の三軒茶屋田園ボウルの場合、ボーリング場の開口部のない外壁から約三〇メートル離れたアパートの室内で、窓(アルミサツシ製)を閉じても最高六〇、最低五一ホーン、窓を開けると最高六八、最低六二ホーンもあつた。

東京都公害防止条例(昭和四四年東京都条例第九七号)三七条は、公害の発生源となりうる性質の作業場に対し、規制基準をこえる騒音を発生させてはならない旨定め、同施行規則(昭和四五年東京都規則第一七号)二四条、別表第四の四は、当該指定作業場の敷地と隣地との境界線における騒音規制基準として、住民地域においては、午前八時から午後七時まで五〇ホーン、その他の時間は四五ホーン(但し、騒音補正回路A特性)と定めている。これは、屋外での音量であるから、室内ではさらに低い音量となることは明白である。

ボーリング場から発生する騒音の程度は右のとおりであるが、そのような騒音が、営業開始時から営業終了時入場者が実際に競技を終了し清掃が終るまで続くのである。ボーリング場の営業時間が長時間であることは前述したとおりであり、附近住民は、早朝から深夜にわたる営業時間中、前述のような騒音に悩ませられるのである。ボーリング場の附近住民は、右のような騒音を「常時海鳴りのような音」「ジヱツト機の常時飛んでいるような響き」等と表現している。のみならず、その騒音は、夜間九時から一二時ころまでが最も激しく、この時間帯は、通常の勤労者が就寝する時刻にあたり、周辺一帯が静かになる時刻でもあるため、住民の就寝と安眠を妨げることおびただしい。

ボーリング場による騒音については、昭和四四年度の公害白書も新手の騒音源としてあげている。

(2) 来場者、従業員らの放歌喧噪等による騒音

これらの騒音は、性質上、ボーリングのの営業時間よりさらに前後に及ぶし、また、その被害は、ボーリング場の隣接地に限られない。

(3) 来場者の利用する自動車、原付自転車等による騒音

ボーリング場附近では、来場者のため交通量が増加し、ほとんどのボーリング場の周辺地域住民がこれによる騒音の苦痛を訴えている。とくに、深夜、ボーリングを終えて帰るさいの車の発進音は、住民に耐え難い苦痛を与える。

(二) 交通量増加による交通事故の危険、排気ガス等による被害

ボーリング場による交通量の増加は、ボーリング場の規模、所在場所等にも関係するが、調査によると、都内のボーリング場附近の二〇地域のうち、交通量が確実にふえたというものは一二か所で、変わらないというのは八か所にすぎない。また、交通量の増加にともなつて必然的に排気ガスも増加する。

(三) ボーリング場の周辺地域の風俗環境悪化、犯罪地化による被害

前述のとおり、わが国のボーリング場は歓楽的な雰囲気をもつた遊戯場となつたため、とくにこれが住宅地域に建設されるときは、その地域に与える風俗悪化の影響は甚大である。これには二つの要因がある。第一は、来場者自身の行動によるもの、第二は、ボーリング場附近に出現する風俗営業的な店舗によるものである。

前者は、ボーリング場の開設にともなつて、附近をアベツク、酔つぱらい、不良、痴漢などがうろつくようになり、また洗たく物が盗まれたり、団地内や小路に車を乗り入れ、反良俗的な行為を行なう者が出ることによつて地域の清潔な環境を汚されるものであり、後者の顕著な例として、板橋区においてボーリング場の開設にともなつて、それまで一軒もなかつた風俗営業店舗が一挙に一六軒も出現し、一朝にして一帯が盛り場化した地域がある。

また、ボーリング場ができると、附近の青少年が出入りすることは避けられず、ボーリング場は、少年非行化の環境要因として大きな影響を及ぼす。すなわち、ボーリング場で遊ぶために怠学したり、ボーリング代を得るために非行を行なつたり、出入りの非行少年に接触し、自らも非行少年に転落して行くなど、ボーリング場は、まさに少年非行化の温床である。

さらに、ボーリング場は、附近を犯罪地化する。すなわち、窃盗犯人が人混みにまぎれてボーリング場に出入りするほか、附近一帯がぶつそうになり、夜間成人男子が身ぐるみはがれてどぶ川に投げ込まれた等の事件が起つた例もある。

以上のように、ボーリング場は、それが出現することにより、周辺地域を風俗的に悪化させるものである。

二  被告の本案前の主張に対する反論

1(一)  団体である原告らの当事者能力について

右原告らは、いずれも、目的、名称、資産、代表者の選任方法、団体意思の決定に関する事項を明規する会則または規約を有する社団であるから、当事者能力を有する。

(二)  右原告らの原告適格について

行政処分取消訴訟における団体の原告適格が問題となる場合、団体自体が処分によつて被害を蒙るとは、当該団体に原告として訴訟を遂行させることが適当である程度に団体の利害関係に牴触がある場合をいうのである。

原告光和会は、「会員の親睦と環境整備及福祉増進」をはかること、原告郵政宿舎自治会、同桜堤自治会は、それぞれ「会員相互の親睦と共同の利益」をはかることを目的とする町内会または自治会である。

したがつて、本件処分に基づき本件ボーリング場が建設されることによつて、その会員たる個々の地域住民が請求の原因6(一)(2)、(3)、(二)、(三)(但し、原告桜堤自治会の会員については6(一)(2)を除く。)のような被害を蒙るおそれがあるとき、かかる事態を放置すれば、団体である右原告らは、環境を整備し、会員の住居生活の円滑をはかるという結成の目的を阻害されることになる。

原告武蔵境協議会は、本件ボーリング場の建設を阻止することを目的とするものであるから、本件ボーリング場が建設されること自体によつて結成の目的を阻害され、団体の存立の根拠を失うという損害を蒙る。のみならず、その構成員が請求原因6(一)ないし(三)(但し、人によつてその範囲は異なる。)のような被害を蒙ることによつてその結成の目的を害される。

原告都民協議会は、住宅地域にボーリング場が建設されることを阻止することを目的とするものであるから、加盟団体の地域にボーリング場が建設されること自体によつて結成の目的を阻害され、その存立の根拠を失うという損害を蒙る。

また、構成員の一部が被害を蒙ることにより、団体自体が被害を蒙る。

2  自然人である原告らの原告適格について

行訴法九条は、処分の取消しを求めうる者につき、必らずしも当該処分の名宛人であることや、現に権利もしくは利益の侵害を受けている者であることを必要としてはいない。

ところで、建築基準法は警察法規としての性格を有し、これにより建築主以外の者の私益を保護するものではないと解されてきたが、しかし、実際上は、それによつて都市生活における住民の日常の利害に重大な関係が生ずるものであることを否定することができない。都市は、個々の建築物の地域的集合体から成り、個々の建築物の構造、設備に欠陥がなくとも、建築物の地域的集合体としてのあり方に欠陥があれば、その地域に生活している住民の生命、健康、財産の安全が害される。この欠陥を最少限にくいとめることによつて地域住民の「生命、健康および財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする」のが用途地域内建築物制限の規定の趣旨である。したがつて、この規定によつて保護されている住民の生活上の利益が事実上の利益または反射的利益として保護される価値のないものというのは、右規定の趣旨に反する。のみならず、法は、右規定に違反する行政処分に対する近隣居住者からの取消訴訟の提起を明文をもつて禁止していないし、同法九四条、九五条はひろく右の者に対し不服申立ての途をひらいている。

ボーリング場が住居地域内における建築を制限された建築物であることおよびボーリング場が住宅地域内に建設された場合の周辺住宅地の住民の受ける被害は前述のとおりであり、住民の休養、家庭生活および子女の教育の場として、静かで清潔な居住環境を保障することを目的とする住居地域において、その規定に違反する行政処分により前述のような被害を日常不断に蒙る附近住民は、当該処分の取消しを求めるにつき行訴法九条にいう法律上の利益を有するというべきである。

原告らは、本件処分にかかる本件ボーリング場の建設によつて、前述のような被害の全部または一部を日常不断に蒙る住民である。すなわち、原告緑川、同誉田、同篠原、同近藤は、請求の原因6(一)ないし(三)のような被害を蒙り、原告若林は、右のうち(一)(1)、(2)を除くその余の被害を蒙る。

したがつて、原告らは、本件処分の取消しを求めるにつき原告適格を有する。

第三被告の主張・認否

一  本案前の主張

1  団体である原告らについて

(一) 右原告らは、いずれもその組織および活動の実態において、訴訟当事者となりうるための要件を充足しておらず、当事者能力を有しない。

(二) そうでないとしても、右原告らは、本件訴えにつき原告適格を有しない。すなわち、

原告らが本訴において保護されるべきであると主張している利益は、要するに良好な居住環境の享受という生活上の利益であつて、このようなものは、そもそも自然人である個々の住民が享受すべきものであり、団体自体が有する権利、利益とはいえないものである。

のみならず、原告光和会、同郵政宿舎自治会、同桜堤自治会は、いずれも、主として会員相互間の親睦と意思の疎通をはかる目的で組織されたいわゆる町内会または住民の自治会であり、本件処分によつて原告らが主張するような被害がかりにある特定の会員に生じ、それが法の保護する具体的利益の侵害に当たるとしても、それによつて右原告らが受ける影響は、構成員である住民がその生活上の利益を害されることの事実上の反射として原告らの活動が阻害されるというにすぎず、本件処分は、右原告ら自体の権利をなんら侵害してはいないのである。

また、原告武蔵境協議会は、本件ボーリング場の建設に反対する目的をもつて設立されたものであり、原告都民協議会は、その上部団体ともいうべきものである。このように、本件処分や本件ボーリング場の建設が前提となり、これに反対する目的をもつて設立された団体が本件処分によつてその目的を阻害されたと主張するのは、本末転倒の議論というべきであり、ボーリング場の住宅地域への建設反対という右原告らの設立目的の円滑な遂行というようなものは、法的に保護された既得の権利ないし利益とはいえないのであつて、本件処分が右原告らの権利、利益を害するということ自体がありえないのである。そうでなければ、ある行政処分の取消しを求めるために、当該処分に反対するための団体をつくりさえすれば、その団体は常に原告適格を有するという不合理な結果が生ずることになる。

2  自然人である原告らの原告適格について

本件処分は原告らに対して直接されたものではなく、しかも、本件処分によつて原告らが蒙ると主張している損害は、いずれも受忍の限度をこえた直接かつ具体的なものとはいえないから、原告らは、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有しない。したがつて、本件訴えは不適法である。

(一) 原告らは、建築基準法の用途地域内建築物制限の規定によりその主張のような生活上の利益も保護されていると主張するが、右規定は、都市における建築物の適正配置を図ることを目的としたものであり、同法がこれによつて保護しようとする直接の法益は、建築秩序の維持という社会公共の一般的、抽象的な利益であつて、個々の地域住民の既存の利益を直接の保護法益としているものではないから、同法に基づく建築行政によつて個々の住民の具体的利益が保護されることがあつても、それは、その行政作用の直接の効果ではなく、間接的な反射的効果にすぎないのである。すなわち、本件において、原告らの主張する住居地域内における良好な居住環境の享受という生活上の利益は、同法によつて建築物の自由な建築という私権の行使が一部制限されたことの反射として、制限を受けた者以外の第三者が事実上享受するにすぎないものであり、いうならば「ころがり込んだ利益」であつて、同法によつて住民に付与された利益ではない。このような利益は、行訴法九条にいう「法律上の利益」には該当しない。

(二) のみならず、原告らの主張する利益侵害は、他の既設のボーリング場における障害を根拠として、本件ボーリング場についても同様の障害が起るであろうという推測をしているものにすぎず、根拠のない危惧としかいえないものである。このことは、本件ボーリング場は、参加人において原告らの主張するような障害の発生防止について十分な措置を構じていることに照らしても明らかである。すなわち、

本件ボーリング場の壁は鉄板を張り、その上にモルタルを塗り、厚さは一八センチメートルある。東側と西側には窓はない。北側の機械室の壁には防音材を使用し、その天井および屋根の部分にも防音材を使用している。窓や出入口のドアについても防音のための配慮がされている。原告誉田らの住居に面する換気窓、扉の部分を補強する等の改良工事もした。

本件ボーリング場の営業時間は、午前六時から午後一一時三〇分までであり、終業時間は厳格に守られている。

本件ボーリング場の駐車場は、前庭部分と前面道路を隔てた場所の二つがあり、駐車可能台数は約八〇台前後であつて、レーン数二八からみれば十分すぎる広さがある。自動車の発進にともなう騒音にも細心の注意を払つている。

本件ボーリング場は、敷地の一部を提供して、西側道路に沿つて事実上道路巾を拡張し、学童や附近住民の交通の安全について考慮している。

本件ボーリング場附近に風俗営業店舗が濫立することによつて風俗環境が悪化したということはない。

(三) かりに、本件処分によつて原告ら主張のような利益の侵害が生じ、その利益侵害は法律上保護されるべきであるとしても、それによつて保護される者の範囲は厳格に考えるべきであり、本件ボーリング場に直接隣接する者については格別、それ以外の者は本件処分の取消しを求める法律上の利益を有しないというべきである。

二  請求の原因に対する認否

請求の原因1(一)、同2の事実は認める。同3のうち、本件ボーリング場の建築につき法四九条一項但書による許可の手続を経ていないことは認める。同5、6の事実は不知。

三  本件処分の適法性

ボーリング場は、法別表第二(い)項六号には含まれず、したがつて、本件処分に原告ら主張のような違法はない。

1  法別表第二(い)項六号の待合、キヤバレーの営業は、風俗営業法一条一号ないし三号の規定から明らかなように、婦女従業員をもち、客に対し酒食あるいは婦女従業員によるサービスを提供し、もつて客を接待し、遊興させることを内容とするものであつて、その営業内容自体においてすでに酒食または男女間の享楽的な遊興によつて善良な風俗を害する要素をもつた性質の営業である。また、舞踏会の営業は、男女が一対となつて行なう社交ダンスをさせることを内容とするものであつて、その営業内容自体において、いきおい男女間の享楽的雰囲気をもたらし、善良な風俗を害するおそれがあり、この点において待合、キヤバレーと同性質の営業であるから、法は、この性質に着目し、これらの営業場が住民地域内に存在することは、その環境維持上好ましくないとして、その建築を規制することとしたものである。

原告らは、ダンス教習所および一部の喫茶店、料理店は、法別表第二(い)項六号に含まれるものとして建築行政が行なわれてきたとし、同号にいう風俗性は、風俗営業法にいうものより広く、住居地域に不必要な反良俗的性格というべきであると主張するが、ダンス教習所は、ダンス教授のほか教習生同志の男女が一対となつて練習等をすることによる享楽的な雰囲気をもつ点で風俗営業と同様の要素をもち、また、喫茶店、料理店が六号に含まれるのは、営業内容が明らかに待合等と同様のもの、あるいは、婦女従業員の接待による遊興的色彩の強いもの、すなわち、それが風俗営業法一条二号および五号に該当し、風俗営業性が認められた場合に限られるのである。

そして、待合、キヤバレー、舞踏場の営業による騒音の発生、交通量の増加、遊興費欲しさからの犯罪の発生というようなことがあつたとしても、それは、右の営業自体から生ずる本質的な障害ではなく、派生的、附随的なものにすぎないのであつて、法別表第二(い)項六号は、このような派生的、附随的な障害発生による住居環境の悪化の防止を目的として右営業の建築物を規制の対象としたのではない。

これに対して、ボーリング場は、ボーリング競技を行なわせることを内容とするスポーツ施設であつて、その営業内容自体は、本来、待合、キヤバレー、舞踏場の営業のように善良の風俗を害するおそれのあるものとは異なるものである。原告らの主張する種々の害悪なるものは、ボーリング場営業の本来的な内容から発生するものではなく、いわば派生的、附随的な障害にすぎない。原告らの主張は、待合、キヤバレー等の営業とボーリング場営業との営業内容自体における本質的な差異を無視し、その派生的、附随的な障害を種々あげて両者は同性格であるとして、法別表第二(い)項六号にボーリング場を含めようというものであつて、これが誤りであることは以上のことから明らかである。

2  さらに原告らの解釈は、つぎのような点からも誤りであることを指摘できる。

(一) 昭和四五年法律第一〇九号による改正後の建築基準法は、第二種住居専用地域内において建築を規制される建築物として、四八条二項、別表第二(ろ)項三号において、「ボーリング場、スケート場又は水泳場」を掲げる一方、同項一号において、「(に)項三号に掲げるもの」を掲げているが、(に)項三号は、法別表第二(い)項六号に「料理店」を加えたほかこれと同一文言である。これは、改正法がボーリング場を体育に関する施設であることに着目していることを示している。そして、改正法は、第一種、第二種住居専用地域においてのみボーリング場の建築を規制し、住居地域についてはこれを規制の対象外としていることが、右のような各規定の文言上明らかである((四八条一ないし三項、別表第二(い)ないし(に)項)。これらの点から考えると、改正法は、従来住居地域においては、ボーリング場の建築を規制の対象外としていたことを前提としたうえで、従来の住居専用地区(法五〇条一項)にほぼ該当する第一種、第二種住居専用地域においてのみボーリング場を新たに規制の対象としたものと考えられるのである。

ところが、原告らの主張するように、法別表第二(い)項六号にボーリング場が含まれるとの解釈をとるならば、改正法の右のような諸規定の趣旨を矛盾なく説明することはできないのであつて、原告らの右解釈が誤つたものであることを示している。

(二) 東京都の文教地区建築条例(昭和二五年東京都条例第八八号。同条例は、法五二条一項の規定に基づいて制定されたものである。)によると、文教地区内において建築を制限される建築物として、別表一の一号は「待合、料亭、カフヱー、料理店、キヤバレー、舞踏場、舞踏教習所の類で風俗営業等取締法の適用をうけるもの」と規定しており、ボーリング場は、同法の適用をうけるものではないから、右規定の解釈上ボーリング場が同号によつて建築制限の対象とされていないことは明らかである。そうすると、法別表第二(い)項六号について原告らの主張のような解釈をとるならば、学校が集中している地域について、文教上良好な環境が害されることを防止するために制定された条例の規制の方がかえつてゆるやかであるということになつて不合理である。右のような不合理が生ずるのは、ボーリング場を待合、キヤバレー等と同類型のものであると解するからにほかならない。

要するに、原告らの主張は、法の正常な解釈の限度をこえた誤つたものである。

第四証拠関係<省略>

理由

一  団体である原告らの当事者能力について

本件訴訟記録中の右原告らの「会則」または「規約」、成立に争いのない甲第七ないし第一八号証、同第二〇号証、同第四三、第四四号証、同第一四三号証、原告光和会代表者尋問の結果および弁論の全趣旨を綜合すれば、右原告らは、それぞれ、自然人または団体を構成員とし、代表者についての定め、団体としての意思決定および活動の方法、会計に関する定め等社団としての継続的な組織、運営に関する基本的な事柄を定めた会則または規約を有する団体であり、かつ、現に団体として対外的活動を組織的に行なつていると認められる。したがつて、右原告らは、いずれも、法人格は有しないが、その構成員とは独立した社団の実体を有する者というべきであるから、民訴法四六条にいわゆる権利能力なき社団として当事者能力を有する。

二  原告適格について

1  団体である原告らについて

(一)  住居地域内における建築物の用途規制に関する規定は、住居地域内の良好な居住環境を保護するため、人が健康にして快適な居住生活を営むうえに障害となる建築物を規制するものであるから、それによつて受ける地域住民の利益をどのように解するにせよ、自然人とは異なつて何らの生理的機能を持たない団体である右原告らは、右のような居住環境の保護による利益を自ら直接享受することのできる主体ではない。

(二)  原告光和会、同郵政宿舎自治会、同桜堤自治会、同武蔵境協議会は、本件ボーリング場が建築されることによつて、その構成員である自然人がその主張のような被害を受けるから、環境を整備し、構成員の住居生活の円滑をはかるという団体結成の目的を阻害されると主張し、また、原告武蔵境協議会、同都民協議会は、本件ボーリング場が建築されること自体によつて、本件ボーリング場の建築を阻止するという結成の目的を阻害され、団体の存立の根拠を失うと主張する。

しかしながら、右原告らがそれぞれ掲げる目的にそわない事態が発生することによつて、直ちに原告らの結成の目的が阻害されたり、存立の根拠が失われるとはとうてい解されないし、また、そのような事態の発生それ自体が団体である原告ら個有の権利ないし法律上の利益の侵害に当たるとは認め難いから、原告らの右主張は失当である。

(三)  さらに、原告都民協議会は「構成員の一部が被害を蒙ることにより団体自体が被害を蒙る。」旨の主張をするが、その構成員である原告武蔵境協議会が本件処分により法律上の被害を蒙ることはないこと前記のとおりであるから、立論の前提を欠き失当である。

(四)  団体である原告らは、本件処分によつて他に原告らの固有の権利または法的に保護された利益が侵害されることを主張・立証しないから、右原告らは、いずれも、本件訴えにつき原告適格を有しないというべきである。

2  自然人である原告らについて

都市計画法に基づいて定められた各用途地域内における建築物の用途規制に関する建築基準法の規定は、主として、都市計画の観点からの建築秩序の維持という公共の利益の見地に出たものであることは否定し得ないが、他面、これを住居地域についてみるならば、同時に、無秩序な建築により住民の安全にして快適な居住環境が破壊されることのないよう一定の建築物の建築を制限することが公共の利益のために必要であるとの考慮から、その建築により居住環境上悪影響を受けるおそれのある附近住民を居住環境の破壊から守ろうとする意図をも有するものであることも否定し得ないのであつて、適切な建築規制の運用によつて保護されるべき附近住民の生活上の利益は、単なる事実上の反射的利益というにとどまらず、法によつて保護される利益と解するのが相当である。

したがつて、この規定に違反して建築される建築物によつて、その住居の環境を受忍すべき限度をこえて破壊されるおそれのある者は、右違法な建築物の存在を根拠づける行政庁の建築確認を争うにつき、法律上の利益を有するというべきである。

そこで、つぎに原告らが本件ボーリング場の建築によつて蒙ると主張する被害について検討する。

(一)  まず、原告緑川、同誉田、同篠原、同近藤は、本件ボーリング場が建築されたことによつて、ボーリング場そのものから発生する騒音、来場者、従業員らの放歌喧噪等による騒音、来場者の利用する自動車、原付自転車等による騒音などによる耐え難い苦痛を日常不断に蒙ると主張する。

右原告らが、それぞれ別紙図面に表示の場所に居住していることは当事者間に争いがなく、成立に争いのない乙第三六号証、証人清水和男の証言により成立を認める同第五八号証および参加人代表者尋問の結果によれば、本件ボーリング場の駐車場は、別紙図面に表示の個所に設けられており、自動車数十台の収容能力があること、右原告ら居住の場所と本件ボーリング場との間にある道路は、約二・七メートルの幅員であり、本件ボーリング場の西側外壁から原告誉田、同近藤の居住する家屋の東側外壁までは、いずれも約一〇メートル足らずであることが認められる。

そして、成立に争いのない甲第二三号証の一、二、同第三七号証の三、同第一一〇号証、同第一五六号証、乙第二七、第二八号証および証人芳賀力の証言に徴するとボーリング場は、利用客の自動車等による騒音も含めて現在一つの騒音発生源として公害防止の観点から行政上留意されるべき施設であることが認められる。

このことに、前示のような原告らの居住場所、本件ボーリング場およびその駐車場の位置、距離関係などを合わせ考えると、右原告らについては、その主張のような騒音による被害を蒙ることの蓋然性を否定することはできず、したがつて、本件処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者と認めることができる。

被告は、本件ボーリング場は、構造上騒音を防止するに十分の措置を講じていると主張し、証人倉内成彬の証言によれば、本件ボーリング場の構造は、とくに右原告らの住居に接する西側外壁からの騒音の流出を防止するため、種種の配慮がされており、右配慮はある程度成功していることを認めることができるけれども、一方、前記乙第五八号証によれば、それでもなお、時により東京都公害防止条例および同施行規則に定める規制基準を若干こえる音量の騒音が原告らの住居に漏れていることが認められるから、右原告らが、本件ボーリング場の存在により、その主張のような騒音による被害を受けるおそれがないということはできない。

(二)  原告若林は、本件ボーリング場が建築されたことによつて請求の原因6(一)(3)、(二)、(三)記載のような被害を蒙ると主張するが、右原告の居住場所が別紙図面に表示の個所であることは当事者間に争いがなく、右居住場所の位置からみて、本件ボーリング場の設置に起因して右原告がその主張のような被害をその受忍すべき限度をこえて蒙るおそれがあるとはとうてい考えられない。

右原告は、他に、本件処分によつて自己の権利または法的に保障された利益を侵害されることについて、主張・立証しない。

そうすると、原告緑川、同誉田、同篠原、同近藤については、前示(一)の理由により原告適格を認むべきであるが、原告若林については、本件処分の取消しを求めるにつき何ら法律上の利益を有する者とは認められないから、原告適格を欠くというべきである。

三  原告緑川、同誉田、同篠原および同近藤の本案の請求に対する判断

1  請求原因2(本件処分の経緯)の事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、本件処分に右原告ら四名の主張のような違法があるか否かについて判断する。

(一)  建築基準法の用途規制は、公益上の理由から土地の利用形態を規制したものであつて、私人の財産権を制約するものであり、法別表第二の各項は、各用途地域ごとに建築してはならない建築物の用途を限定的に列挙しているのであるから、その規定はみだりに拡大解釈すべきものではない。そして、法別表第二(い)項六号に掲記の「待合、キヤバレー、舞踏場」は、その営業がいずれも男女の享楽的交渉の上に成り立つており、風俗営業法一条に風俗営業として列挙されているものであつて、住居地域内においてこれらの営業を営む建築物の建築を規制する趣旨は、これらの営業が住宅の多い地域において営まれると、その営業内容の性質自体から、附近一帯に風紀上および青少年の教育上好ましくない影響を及ぼし、良好な居住環境を害するものであることが類型的に明らかなためということができる。したがつて、同号にいう「その他これらに類するもの」とは、右掲記の建築物以外の風俗営業を営む建築物で、その営業の実態からみて、社会通念上待合、キヤバレー、舞踏場の営業に類似するといえる営業内容を有する建築物を指すものと解するのが相当である。

ボーリング場営業は、風俗営業法の対象とされていないことは同法に照らして明らかであり、本件の全証拠を検討しても、ボーリング場営業の実態は、一時期における一部のボーリング場に風俗上問題があつたとしても、一般的には、関係官庁の指導とボーリング場経営者の自制およびボーリング競技のもつスポーツ性、ならびに、その普及とともに広範で健全な客層を掴むにいたつたことなどが反映して、反良俗的性格をもつものと認定するにいたらず、その営業内容が、社会通念上法別表第二(い)項六号掲記の待合、キヤバレー、舞踏場の営業に類似するものということは、とうてい不可能である。

(二)  右の点に関し、原告らは、住居地域に不必要で、その環境維持にとつて有害な反良俗的性格の営業に用いられる建築物は、すべて同号に含まれると主張するが、本件の全証拠によつても、ボーリング場営業の実態が反良俗的性格を類型的に具備していると認めるにはいたらないのみならず、右のような解釈は、抽象的で主観の入りやすい不明確な基準をもち込むことによつて、同号の趣旨を不当に拡大し、ひいて、法が住居地域と住居専用地区を異別に扱つている趣旨を没却する恣意的な解釈というべきであり、とうてい採用することができない。

したがつて、右解釈を前提として、ボーリング場が同号に含まれるという原告らの主張は、その立論の前提を欠き失当である。

(三)  なるほど、建築基準法が制定された昭和二五年当時、わが国にはまだボーリング場は一軒も存在しなかつたものであるとしても、昭和四五年法律第一〇九号による改正後の別表第二(ろ)項においては、第二種住居専用地域内に建築してはならない建築物を掲げるにつき、一号で「(に)項第二号から第四号までに掲げるもの」として、(に)項三号の「待合、料理店、キヤバレー、舞踏場その他これらに類するもの」との規定をそのまま引用するとともに三号で「ボーリング場、スケート場又は水泳場」を一団の建築物として掲げ、さらに改正後の別表第二(は)項においては、住居地域内に建築してはならない建築物として、一号で「(に)項に掲げるもの」とし、前記(に)項三号をそのままの形であげているが、前記(ろ)項三号に掲げる建築物はあげていない。右のような改正後の各規定に鑑みると、改正法は、ボーリング場をスケート場、水泳場などと同様スポーツに関する施設として取り扱い、「待合………その他これらに類するもの」に含めてはいないことを明瞭に看取しうる。

そして、法の解釈にあたつては、関連規定の改正の前後を通じて、ある条項につき、とくに変更が加えられた点がなければ、これを統一的に理解すべきものである。前記改正の結果、改正後の別表第二(は)項一号((に)項三号)については、改正前の別表第二(い)項六号の文言の「待合」と「キヤバレー」の間に「料理店」が挿入されたが、ここに「料理店」とは、その置かれた位置からみて、風俗営業法の適用を受ける業態を指すことは、解釈上疑いの余地がない(なお、証人高瀬三郎の証言参照)。

したがつて、前記改正を経た現在においては、ボーリング場が「待合、料理店、キヤバレー、舞踏場」に類するものと解することの失当であることはおおうべくもなく、改正前の法別表第二(い)項六号の解釈としても、原告らのような見解が妥当する余地は全くないものといわなければならない。

かりに、改正前の法別表第二(い)項六号にボーリング場が含まれるという原告らの主張が正しいとすれば、改正前の住居地域においてはボーリング場を建築することができなかつたところ、改正後の住居地域においてはこれが許されることとなり、ボーリング場の建築についてはかえつて規制がゆるめられたことになるが、この点に関する法の改正がこのようなものであつたと理解すべき資料は何もない。むしろ、改正法の前記各規定は、改正前の住居地域(住居専用地区を除く。)においてはボーリング場の建築が許され、住居専用地区においてはこれが許されなかつたことを前提として、新たな用途地域の区分に応じた規制を定めたものと理解すべきものである。

したがつて、法四九条一項但書の許可の手続を経ていないことを理由として本件処分が違法であるという右原告ら四名の主張は、失当というほかなく、右原告らの本訴請求は、その理由がないものといわなければならない。

四  結論

よつて、原告若林、同光和会、同郵政宿舎自治会、同桜堤自治会、同武蔵境協議会、同都民協議会の本件訴えは、いずれも不適法であるから、これを却下することとし、その余の原告らの本訴請求は、その理由がないから棄却することとして、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九四条を適用のうえ、主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山克彦 青山正明 石川善則)

(別紙)

物件目録

東京都武蔵野市境五丁目一二五二番一、同所一二五三番一、同所一二五四番一、同所一二五五番二、同所一二五七番、同所一二五八番一。

別紙図面<省略>

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